Free Voluntary Reading

なぜ多読ではなくて、FVRなのか


今まで、「多読」という名称を使って活動をしてきましたが、今後はFVRという名称を使います。多読よりもFVRのほうが現在授業で実践していることを表現するのに的確だと思うようになったからです。

1985年から「多読」という名称で授業を始めましたが、その名称に対して自信はありませんでした。しかし、それ以外の名称を考え付きませんでしたし、今理解できていることを当時は理解できていませんでした。

アメリカ、南カリフォルニア大学名誉教授で第二言語習得理論の世界的な権威者であるクラッシェン博士が1985年に発表したインプット仮説について本当の意味で理解するのに20年かかりました。私も他の人たちと同様に伝統的な学習方法で教育を受けてきましたので、この新しい習得理論を100%理解できませんでした。この理論を理解できなかったので、100%実践できませんでした。なかなか実践できなかったので、理解できなかったのです。

The Power of Reading(Krashen, 1993, 2004)の中には「多読」という名称は用いられていません。彼は、そのメソッドをFree Voluntary ReadingFVR と呼びました。また、Sustained Silent ReadingSSR)とも呼びました。ところが、当時、私が思ったことは、英語を外国語として学習する環境の中では、その名称は適切に内容を表していないということでした。

分かるインプットを大量に読書を通して吸収し、それが、習得につながるという理論なのですが、学生に自由意志で自由に(FREEに)読みなさいと薦めても、学生は習得できるほどたくさん読まないと心配しました。また、SSRが提案するように授業中15分間毎日読むというようなことも、1週間に1回しか提供されない大学の授業では実際に実施不可能でした。家庭で宿題として、多量に読むとなると、「多読」という名称の方がふさわしいように思えたのです。

ところが、この授業を実践するようになってから分かってきたことは、オリエンテーションと指導が適切であれば学生は読書を意外に早く好きになり、自由に読書をし始めるということでした。しかも、学生はかなりの量を読むようになり、心の成長も観察されて、試験にも成果を上げるようになりました。

学会では多くの研究者による多読についての調査結果が定期的に発表されるようになり、多くの学校が多読を授業に導入するようになってきました。私も普及活動をする一人でしたから、とても嬉しいでした。

ところが、見回してみると、大量の多読教材を購入して図書館に設置し、あるいは、授業に導入はするけれども、普及活動をしている教員でさえ多読に対して大きな期待を持っていないにちがいないということが次第に明らかになってきました。

というのは、インプット仮説に反するような他の補助教材や補助活動が多読と同時に授業で用いられているからでした。例えば、多読教本を英文和訳の教科書として利用しながら、それを多読授業と呼んだり、会話や作文というアウトプット活動が多読授業の中に取り入れられているからです。

多読は流暢に読めるようになる練習だけであって、正確な読み方をするには、辞書を使った英文和訳が必要だという意見があります。読書を通して得るインプットだけではなくて、会話や作文の練習(アウトプット)も大切だし、作文に対しては間違いを直してあげることが正確な文章を書くのに効果があるという意見もあり、読書だけでは不安で、今までのように文法を学習し、それを身につけるために練習することは、言語習得への近道だという考えです。

ところが、クラシェン博士は、出版された世界中の調査論文をくまなく調べた結果、彼の理論は正しいに違いないと主張し続けています。実際に、彼の理論が間違っていると証明した論文はどこにもないのです。彼は、言語習得はインプットだけで十分だと1985年以来主張し続けています。

Krashen博士の提案に心から同意しましたが、自分で確信できるようなデーターを持っているわけではありませんでしたから、同僚からの提案もあって、試行錯誤を重ねながら、いろいろなことを多読に加えながら、今まで調査をしてきました。

最初は授業中に学生は読書だけをしていました。学生が英語で読書ができるかどうか、するかどうか試していたのです。そういうことができるかどうかも当時は分かっていませんでした。しかし、できることが分かると、欲が出てきて、もっと効果を上げたいと思うようになり、何か近道はないかと考え始めました。それで私の多読授業は少しずつ形が変わっていきました。以下の補助学習を加えるようになりました。

  1. 読書に練習問題を加えました。

  2. 読後に会話を導入しました。

  3. 読後に単語をノートに記入するように提案しました。

  4. 練習問題を作って学生にさせました。

  5. 読後に英語であらすじを書かせたこともあります。

  6. それを添削してもう一度書き直しをさせて、間違いを少なくしたいと希望したこともありました。

以上のように、読書とともに作文、単語、文法、間違い直し、会話などを導入していた時期がありました。

毎回、調査をしながら、自分の授業の効果と効率を調べながらやってきました。

すると、次第に分かってきたことは、以上のような補助学習はほとんど効果がないばかりか、効率が悪いことが分かってきたのです。また、上記の補助学習は、Krashen博士が提案した第二言語習得理論とは全く異種のものだということも次第に分かってきました。しかも、学生もそういう補助学習をあまり喜んでいませんでした。学生は「本を読むだけならできる」と言ってくれました。

それで、やっとたどり着いたのは、「読書だけで十分」という多読です。読書だけで、TOEFLの成績も上がるということが分かってきました。すると、それは「多読」という名称では適切でないことが分かりました。

というのは、多読というのは、伝統的な学習方法の中で精読と一緒に存在する学習方法だからです。精読がなければ、存在できない学習方法だからです。精読で正確さを養成し、流暢さを養成するのが多読で、多読には正確さを養成するように期待されていません。

読解力だけでなく、文法も単語も作文力も養成するというオールマイティーな読書は、多読という名称で呼ばれるのではなく、FVRが正しい名称でした。Dr. Krashenが最初に提案したFVRで結局良かったのです。


FVRとは「自主的にする読書」という意味です。最初から学生に全て自由を与えるのではないのですが、基本は学生が好きな本を自由に自分で選んで読んでいきます。結果として、授業での指導と管理を通して、自主的に読書をする学生に育てます。1学期間もすれば、そういう学生がどんどん出てきます。

そういうわけで、私がたどり着いた方法は「精読」と共存する「多読」ではなくなってきましたので、これ以上「多読」と呼ぶわけにはいかないと判断しました。それで、これからはFVRと呼ぶことにしたのです。